「なんだか、子どもみたいになった」
「前はこんな人じゃなかったのに」
「甘えているだけなんじゃないか」
高次脳機能障害のあるご家族を見ていて、そう感じて検索された方が多いと思います。
私は12歳のときに脳出血を起こし、右半身麻痺と高次脳機能障害の当事者になりました。そしてまさに、その「子どもみたい」と言われてきた側の人間です。
この記事では、医学的な解説だけでなく、退行が起きているとき、本人の頭の中で実際に何が起こっているのかを書きます。ここは、支援する側からは見えない部分です。当事者にしか書けないところを、正直に書きます。
この記事でわかること
- 高次脳機能障害の「退行」とは何か
- なぜ起きるのか(甘えではない理由)
- そのとき本人の中で何が起きているのか
- ご家族の対応で、救われたこと・つらかったこと
- いつまで続くのか、正直なところ
高次脳機能障害の「退行」とは
高次脳機能障害の後遺症としては、記憶障害、注意障害、遂行機能障害がよく知られています。しかしそれと並んで「社会的行動障害」という領域があり、退行や依存はここに含まれます。
退行とは、ひとことで言えば精神的に幼くなったような言動が出てしまう状態です。
・年齢に合わない、幼い言葉づかいになる
・突発的に拗ねる、甘える
・場にふさわしくない振る舞いをしてしまう
・思ったことをそのまま口に出してしまう
大事なのは、これが性格の変化ではなく、脳の損傷から来る「症状」だということです。本人が選んでやっているのではありません。
なぜ退行が起きるのか|3つの理由
① 脳が処理できる量を超えている
高次脳機能障害があると、情報を受け取って、順番に並べて、適切な言葉を選ぶ。この一連の作業に、健常のときの何倍もの労力がかかります。
容量を超えると、脳はいちばん簡単な反応の仕方に落ちます。それが、幼い言動として外に出ます。パソコンでいえば、メモリが足りなくなって処理が単純になっている状態に近いと思っています。
② 感情のブレーキが利きにくくなっている
社会的行動障害には「脱抑制」という症状があります。感情や衝動を抑えるブレーキが弱くなる状態です。
健常なときは、思っても言わない。言う前に一度止まる。この「止まる」機能が働きにくくなります。だから、気づいたときにはもう言ってしまっている。これが退行の実感に一番近い表現です。
③ 甘えではなく、生き延びるための反応
できないことが増え、失敗が積み重なると、人は不安になります。不安が強いとき、人は誰かに寄りかかろうとします。これは障害の有無にかかわらず、人間の自然な反応です。
高次脳機能障害があると、その不安が日常的に、しかも強く出続けます。だから寄りかかる頻度も上がる。怠けているのではなく、不安の量が違うのです。
退行しているとき、私の中で起きていること
ここが、この記事でいちばん書きたかったところです。
外から見ると、私は「ふざけている」「拗ねている」ように見えると思います。でも中では、まったく違うことが起きています。
言ってしまってから、気づく
私は高校生の頃も大学時代も、友人に「またそんな言い方して…」と笑われたり、困った顔をされたりしてきました。
特にショックだったのは、「なんか子どもみたい」と言われたときです。冗談のつもりで言ったことに、厳しい人から「友達いなくなるよ」と返されたこともありました。
そのとき私は、「これじゃあ友人と冗談も言えない。もう話せなくなるじゃないか」と納得できませんでした。今でもあの言葉は覚えています。
でも、わざとやっているのではないんです。気づいたときには、もう言ってしまっている。止めようとして止められるものなら、とっくに止めています。
自己嫌悪だけが、あとに残る
言ってしまったあと、我に返ります。そして「またやった」と思う。相手の顔を思い出して、家に帰ってから落ち込む。
退行の一番つらいところは、症状そのものではなく、そのあとに来る自己嫌悪です。周りからは「本人は気にしていない」ように見えることもありますが、たいてい気にしています。ただ、それをうまく表現する言葉も出てこないだけです。
「依存」が同時に起きる理由
退行と依存は、セットで語られることが多いです。私の実感でも、この2つはつながっています。
私は今も、人に確認しないと不安で動けないことがあります。やるべきことの順序が分からない。途中で忘れてしまう。その結果、「助けて」と頼ることが増えました。
これは遂行機能障害と記憶障害から来ています。つまり依存は、性格ではなく、別の症状の結果として出てきているのです。
もちろん頼ること自体は悪いことではありません。でも自分の中では「こんな自分でいいのかな」という気持ちが、ずっと消えませんでした。
ご家族へ|私が言われて救われた言葉、傷ついた言葉
ここは、実際に私が言われてきたことをそのまま書きます。参考になれば幸いです。
| 救われた対応 | つらかった対応 |
|---|---|
| その場で流して、あとで落ち着いてから短く伝えてくれる | その場で、人前で指摘される |
| 「疲れてる?」と、状態の話にしてくれる | 「甘えてる」「わざとでしょ」と、人格の話にされる |
| 頼ったときに、普通に受け取ってくれる | 「そのくらい自分でできるでしょ」と突き放される |
| やり方を一緒に決めて、次から仕組みにしてくれる | 「何度言えばわかるの」と回数を数えられる |
共通しているのは、「人格を責めない」と「あとから短く」の2つだと思います。その場で長く言われても、こちらは処理できません。むしろ混乱して、また幼い反応が出ます。
当事者の私がやっている対処
疲れているときは、人と会う予定を入れない
退行は疲労と強く連動します。脳の容量が減っているときほど出やすい。だから、疲れている日はそもそも人と話す場面を減らします。予防が一番効きます。
言う前に一拍おく、を仕組みにする
意志では止まりません。だから「返事の前に一度息を吐く」など、体の動作にひもづけました。完全ではありませんが、意志だけよりはるかにましです。
頼ることを、事前に決めておく
その場でお願いするのは勇気がいります。でもあらかじめ「これは頼む」と決めてあれば、それはお願いではなく段取りになります。依存している感覚が減り、自己嫌悪も減りました。
自分を責める言葉を、先に用意しない
「またやった」と思ったとき、そこで止めます。反省と自己否定は別物です。ここを分けられるようになるまで、私は何年もかかりました。
いつまで続くのか|正直なところ
正直に書きます。私の場合、完全になくなってはいません。
ただし、頻度は確実に減りました。理由は3つあると思っています。
・自分がどういうときに出やすいか分かってきた
・出にくい環境を先に作れるようになった
・出たあとの立て直しが早くなった
症状が消えたのではなく、付き合い方が上手くなったという感覚です。ご家族の方には、「治す」よりも「出にくい生活を一緒に作る」という見方をおすすめします。そのほうが、お互いに消耗しません。
よくある質問
Q. 本人は自覚しているのですか?
A. 私の場合は、言ってしまったあとに自覚します。その瞬間は止められません。自覚がないように見えても、あとで一人で落ち込んでいることは多いです。
Q. 叱ったほうがいいのでしょうか?
A. その場で強く叱っても、症状は減りません。混乱して悪化することのほうが多いです。落ち着いてから、短く、具体的に伝えるほうが届きます。
Q. リハビリで良くなりますか?
A. 診断や治療の判断は医師の領域なので、私からは言えません。ただ環境調整と本人の自己理解で、頻度が変わることは実感しています。主治医やリハビリの担当者、地域の障害福祉窓口に相談してみてください。
Q. 家族が疲れてしまいました
A. それは当然のことだと思います。支える側にも支援が必要です。家族会や、地域の相談支援専門員に一度つないでもらってください。私の家族も、外に相談先を持ってから楽になったと言っていました。
まとめ
この記事のまとめ
- 退行は性格の変化ではなく、脳の損傷による症状
- 脳の容量オーバー、脱抑制、不安の3つが重なって起きる
- 本人は「言ってから気づく」。あとに残るのは自己嫌悪
- その場で人前で叱るより、あとから短くが届く
- 消えなくても、頻度は減らせる
高次脳機能障害の退行や依存は、周囲の理解だけでなく、自分自身の心との闘いでもあります。笑ってごまかす日もあるし、涙が止まらない日もあります。
でも、私は生きてる。頑張ってる。そのことだけは、自分で認めてあげたいと思っています。
この文章が、同じように苦しんでいる誰かに届いて、「あ、私だけじゃないんだ」と思ってもらえたら嬉しいです。
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